徒然なるままに 妻と二人で そこはかとなく書き綴る
「つれづれ日記」 2023年度
  

2023年12月08日(金)
音楽との出会い
いまだに信じられませんが、戦争に敗れた日本。
困窮の生活でも、
 小学校のプールは子供たちのため開放されていました。
 
下部の (Xつれづれ日記  
         2023つれづれ日記)をご覧ください。


やがて中学生時代は、
 旧軍隊宿舎の窓も少ない暗い部屋で始まりました。
「心」、「知」、「体」の3本柱教育課程で、
特に戦争で荒れ果てている子供たちの心を育てるため、
美術科、音楽科の情操教育が重視され、
文化祭などが華やかに開催されました。
私はその中で、クラシック音楽に親しむようになりました。

  写真をクリックして下さい。

音楽環境はものすごく進化し、
SPレコード、→LPレコード、カセットテープ、CD、DVD等
素晴らしい再生ができるようになりました。
また、ラジオNHK深夜放送の、
 「クラシックへのいざない」では、
  解説付きのクラシック番組を放送しています。
 3大テナー 「01/17ドミンゴの歌声」、
      「09/05パバロッティの歌声」、
      「12/05ホセ・カレーラスの歌声」は
              素晴らしかったです。
今はそれらの収集した音源を
  オークマンにまとめて入れ、
   聞きながら散歩しています。

音楽鑑賞は私の宝物です。
2023年9月10日(日)
水泳との出会い
78年前(私10歳 小4)の時は、大変な時代でした。
その時1945/06に住んでいた静岡市は爆撃に会い
                全滅しました。(死者6473人)
同年08/06には、広島に原爆が投下され。
同年08/15には終戦。
 食べるものも何もない時代、
  母は小学生の私をどうして育てたことでしょう。

それから2年経った 小学生6年の時に
 私の学んでいた静岡市一番町小学校では、
  なんと夏休みにプールを開放していました。(もちろん無料)

その様な困難な時代にプールとは?
 今考えて想像もできませんが、
  私の記憶の限り現実の記憶です。

何もない生活の中で
 子供たちに生きがいを与えたいとの思いでしょうか?

日本社会の素晴らしさを
 「水泳との出会い」で、体験んできました。

私は毎日プールに通い、
 〇プール横を泳ぎ切りたい、
 〇やがては、プール縦25mを泳ぎたいと、
       頑張った記憶があります。

そのお陰でしょうか?
 健康に恵まれ、今年 米寿を迎えることが出来ました。
  それを節目に 自分がどれだけできるかと、
   09/10市民水泳大会に参加させていただきました。
 「優秀選手賞 盾」を、ありがとうございました

    してください。
関係者の皆様 お世話になりました。

子供たちが 元気な子供のなるように
 ご尽力を お願いたします。


水泳参加の大勢の子供たちが、
 「こんにちは!」と、
  見知らない私にも元気よく声をかけてくれました。
   嬉しかったな。


2023年5月22日(月)
三浦雄一郎、卒寿の挑戦
 先日「NHKラジオ深夜便」を購入したところ、
「三浦雄一郎、卒寿の挑戦」という文章が寄稿されていました。
スキーヤー三浦さん(90歳)は、
 「卒寿」で頑張ているそうです。
その文章を読み、
 先日「米寿」(88歳)の祝いをしたばかりの私も、
「卒寿」まで、やる気になりました。

三浦さん曰く、
いくつになっても、
「これが出来たらいいな」という夢を持ち、
人生を前向きに登り続けよう。

 
三浦先生 素晴らしいお考えをご示唆頂き、
 ありがとうございました。 頑張るぞ!

60年前就職した当時はスキーブームで、
スキーリフトは大混雑、一日券を購入しても、
何回リフトに乗れるのか?滑ることは大変な事でした。

そんな時「スキーをしてもいい」という女性に出会い、結婚しました。
結婚しても、(妻と二人で60年間)スキーに行くことが出来た生活に満足しています。

音大でVnを習っていた私は、
 退職後は時間がある時に、「Bach.S 無伴奏Vnソナタ」を弾きたいと思っていましたが、
  今は毎日 3時間半ほどギコギコ弾くのを日課にしています。
そして雪が無い今は、ウォークマンで「Vn曲」を聞きながらの散歩、最高です。

スキーコーチからのアドバイス、の「毎朝の 片足・靴下履き」を
 試みています。

   してください。
2023年5月9日(火)
米寿
米寿(88歳)
1935年生まれの私は、米寿(88歳)を迎えます。
退職組合員500名の中
 米寿には20名が該当し、内5名の米寿の方が出席されました。 
  みなさん88歳とはおもえない意気盛んな方々でした。
   係りの皆さまの「お励まし」 ありがとうございます。

私の家系は
父58歳、母65歳で亡くなり、
 私がこんなに長生きできるとは 思ってもいませんでした。
これを節目とし、
老後の日常生活を前向きに充実させようと思っています。
以前旅行した宿に「長命の心得」いう書が飾ってありました。
「人生は山坂多い坂の道

  してください。
私の中学生時代は終戦の時で、
それはそれたいへんな時代でした。
食べ物も何もかもない苦しい苦しい時代でした。

教育は
「軍国主義教育」⇒「民主主義教育」になり、
  子供たちの意欲を育ててくれました。
特に芸術教育「美術」「音楽」は大切にされ、
どこの学校でも秋になると文化祭で
 競いあったものです。
私は、音楽に興味みを持ち燃えました。
今 この年齢になり、音楽は私の宝ものとして、
私の生活を豊かにしてくれています。
認知症予防にと、毎日楽器を弾き指を動かし、
散歩中は、ウォークマンで名演奏家の名演を聞き、、
その感動で気持ちを豊かにしてくれます。
音楽って いいですね。
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昨年末の深夜放送・川柳の入選作の、
「老い二人 楽しく生きるのが 仕事」を、
  お手本に、頑張ろうと思っています。
トップページ 再下段の
「X つれづれ日記」も、ご覧ください
2023年4月20日(木)
元気に身体を動かす
30年前 退職した私たちは、浅間山麓に住むことにしました。
 そこでの毎日は、「スキー・温泉プールでの水泳」で
  元気に過ごしていました。
この歳(87・83)で、元気に過ごせるのも、
 その生活のお陰ではないかと思っています。

昨年 退職前の生活拠点の富士山麓に戻ってきました。
 私は運動不足を解消するために
  「富士山に向かって、歩く」7,000歩の散歩を始めました。

 
してください。
始めた時には、
 中間点までの上りコースでは40分、下りは30分 掛っていたのが、
  今では登り30分、下り20分で歩く事ができるようになりました。
   慣れて筋力が付いたのでしょうか?
 以前スキーコーチからアドバイスで続けていた
  「片足立ちでの、靴下履き」が、
   前のようにできるようになりました。
      散歩 頑張るぞ

妻は 狭い庭ですが、「花の手入れし」をせっせとしいます。
 この春 たくさんの花が咲きました。
  
してください。

      

   
 
2022年01月01日(土)
謹賀新年 令和5年 元旦
謹賀新年 令和5年 元旦

コロナ感染者も少なくなり 良かったですね。
日本国民の素晴らしさを、誇りに思います。
この調子で、日本を
住みやすい社会にしたいですね。

退職時から25年間住んでいた浅間山山麓から、
  
を してください。
昨年10月に
 以前の勤務地富士山の見える家に転居しました。


富士山の南側にある我が家二階からは、
朝日に染まる赤富士を見ることができます。
(東から登る太陽に
  富士山は右半部がピンク染まります)

  を してください。

お陰様で何事も無く
 私87歳、妻83歳になりました。
昨年末のあるご夫婦の深夜放送・川柳の入選作、
「老い二人 楽しく生きるのが 仕事」を、
  お手本に、
    私達も、頑張ろうと思っています。

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